年末年始ネタ


ネットにはつなげませんでしたが、
普段の数倍は人と会ったような気がします。
そのせいで色々予定の変更を余儀なくされたのですが、
振り返れば充実していたといえなくもないでしょう。
せっかくですので印象がつよかったことを書こうと思います。


実家に帰った時のことです。


弟がケータイの番号を変えるというので、
付き添いでdocomoショップへ行きました。


弟の順番が来るまで、少し間があったので、
妙に広い店内の展示品を見て回ったところ、
陳列棚の整理や客への説明におわれる、
若い男の販売員が目にとまりました。
どこかで見かけたような気はするのですが、
すぐには思い出せませんでした。


ところが、すれ違いざま、
名札が目に入った瞬間思い出しました。
小学校の同級生だったのです。


私は、小学生のとき、
地域区分上エスカレータ式に進学するはずの公立中学へ行かず、
中学受験をして大学附属の国立中学へ行ったので、その人とは疎遠になっていました。


こちらは当然名札などつけていませんし
特に親しかったわけでもないので、私には気づいていないようでした。
仕事にいそしむ相手をつかまえて、思い出してもらうのもなんなので、
弟の用事が済んだあと、そのまま店を去りました。


疎遠になった理由は中学が変わったからだと思いますが、
私が彼のことを忘れていなかったのは、
実は高校が一緒だったからなのです。


高校にもよるでしょうが、
少なくとも私の通っていた高校は、
クラスが違うと一度も顔を合わせないまま卒業する学校で、
彼はまさに一度も同じクラスにならなかった人でしたが、
成績だけは容赦なく張り出されるため、名前だけは覚えていたというわけです。


日本の都道府県内で最下位争いをするような福島の中で
こんなことをいうのもなんですが、
一応県内では学力TOP3に入る高校だった私の母校で
彼は常に上位をキープしていました。
小学校のときも、担任教師の覚えめでたく、
中学進学後はさらに期待の星としてその高校へ進学したと聞きました。
卒業文集の中でも、クラスの特集ページで同級生から「尊敬するひと」として
名前が挙げられていた気がします。
同級生を尊敬する人として挙げるひともどうかと思いますが
もしかすると保護者の中には
「○○君みたいになりなさい」などと言う親がいたのかもしれません。


私はそれを思い出して、
当時の人たちが今の彼を見たらどう思うのかを考えると
なんとなくわびしい気分になりました。


docomoショップの販売員になるのが悪いと言っているのではありません。
きちんと就職して立派に働いている人に優劣などないですし、
いまだに学生の立場である私はそんなことを言える身分じゃありません。
私がわびしさを感じたのは、
当時、彼のことをもてはやした人たちのことです。


教師や親の立場からすれば、
更なる向上心をもってもらおうというつもりで彼を取り上げていただけなのでしょうが、
そのときの発言は果たして適切だったのかという疑問がわくのです。
将来のことは誰にもわかりませんし、
そのとき優秀だったことから推し量るしかないとはいえ、
だいぶ無責任なことを言っていたような気がしてなりません。
結果的に、向上心どころか劣等感を植え付けただけではないのか、と思えてしかたないのです。


私はまだ親になったわけでもないし、教師になるつもりもないのですが、
今の私と同じ年齢で、
親になっている人も、教師になっている人もいます。
その中には私と共に卒業文集へ名前を連ねた人が当然いるわけです。
彼らは同じことを繰り返していたりしないでしょうか。