「広く浅く」書いても「狭く深く」書いても

相変わらずblogの長さをどのくらいにしたらいいのかを
日々悩んでいる私ですが,
巡回していて,自分で気が付いたのは
自分が巡回するニュースサイト系,テキストサイト系には
わりと長文よりのサイトが多いということでした.


逆に,トピックスのタイトルだけのサイトとか,
一言コメントするだけのサイトはほとんどなく,
結局,私個人の趣向として,書くのも読むのも,
それなりの長さになるのが好みなのではないかと思えてきました.


そこで思い出したのが,以前書いた,


■「何行以上の文章は読み飛ばしますか」


・・・に対する反応でした.
「長文は避ける」というコメントをしている方のサイトは
文章が短い傾向にあったので,関連性は深いと思ったのです.


もちろん,その人がどれだけ書くため,読むために
時間をさけるかによってもだいぶかわって来ると思うのですが,
十分にその時間は確保できると仮定した場合,
ネット上の文章に対する「長さの趣向」は,
本人が発信および受信における情報量の許容値として,
無意識に設定されているように思えます.


簡単に言うなら,
「このくらい知れればいいや」という基準が
「このくらい知らせられればいいや」の基準になるってことです.


当たり前といえば当たり前なんですが,
これが見きわめとしてじつに難しい気がします.


そもそもモチベーションの問題として,
仕事でもない限り,
わざわざ「書きたくないことを書く人はいない」でしょうから,
web上の文章は「書きたいことを書いた」ものになります.


しかし,見きわめが難しいのは逆にそのためであると思うのです.


好みのトピックスであればあればあるほど
書きたいことは多くなるでしょうし,
それにともなって,そのネタに触れる機会も多くなりますが,
ちょっと気づいたこと程度であるなら,
軽く触れてそれっきりです.


「書きたいこと」には書き手なりのランク付けがあって,
それに応じて記述内容の深さは違ってくるわけですが,
問題はそのランク付けがほとんど無意識で行われていることにあります.


「このネタに関しては70点ぐらい好みだから10行書くけど,
あのネタに関しては30点ぐらいの好みだから3行ぐらいにしよう」


・・・なんてことを考えながら文章を書いている人がいたら,
ぜひその採点基準について伺ってみたいものですが,
まずおそらくいないでしょう.


とはいえ,結果的なことだけ見れば,文章量の多さは,
視覚的にその書き手がどれだけの積極性をもって
そのトピックスを取り上げているのかを判断する基準になっています.
もちろんそれは良くも悪くも作用するので,
時として,積極的すぎることが
うっとおしく思われることもあるでしょう.


しかしながら,面白いのは
前述した「長文は避ける」というコメントをしている方のサイトの方々は
文章が短い傾向にはあったものの,
取り上げるトピックス数自体が膨大な傾向にあったことです.


確かに一つのトピックスに関して,
長々と触れるつもりはないようではありましたが,
全てのトピックスを把握するためには,
それこそブラウザウィンドウを
スクロールさせなければならないほどの羅列がなされているのは
それを長文とは呼ばないにせよ,
全てを把握しようと思ったら長文を読むぐらいの労力が要ります.


容量的な配分を言い表すときに
「広く浅く」「狭く深く」などという言葉が使われますが,
ネットにおける情報収集において,
自分がどちらの傾向にあるのかを見定めることも重要である一方,
取り扱い可能な情報の許容量が
自分でどのくらいなのかを把握することはさらに重要だと思います.


「広く浅く」取り扱おうと,「狭く深く」取り扱おうと,
個人が取り扱うことのできる絶対的な情報容量は一定なので,
だからこそ,そのバランスは個人の趣向で決めていいわけですが,
私個人としては,冗談抜きに
それを数値化できたらなぁと思っていたりします.


紅髪『今日のトピックスは65点ぐらい好みだから100行!』


ただでさえ普段から長文の私は
100点をつける話題とか,恐ろしいですね.